産経新聞しか書かない沖縄の真実

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「主権回復の日」に見る沖縄世論 反発一辺倒へ嫌悪…変化の兆し

産経新聞 2013/03/22 13:56 【沖縄の風】

 沖縄には、とにもかくにも反対せずにはおられないグループが跋扈(ばっこ)しているようだ。米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古海域の埋め立て申請に反対していたかと思うと、政府主催の「主権回復の日」式典が4月28日に開かれることが決まるやいなや今度は式典反対ののろしを上げている。だが、一方で、常に反発の拳を上げる反対派に反発する声も顕在化するなど、沖縄世論の底流に変化の兆しを感じる。

 ◆ナンセンスな「総意」

 14日の県議会予算委員会。「(4月28日を)未来に向け希望に満ちた歴史をつくっていくための決意を新たにする日としてとらえたい」とする仲井真弘多知事の談話に野党側がかみついた。

 「屈辱の日がなぜ、未来に向け希望に満ちた歴史をつくる決意を新たにする日という表現になるのか」

 「主権回復の日」式典開催が決まって以来、沖縄では地元メディアや革新系議員、市民団体らを中心に、式典開催撤回の声を上げている。

 こうした言動は沖縄の総意として全国に発信されているが、ある保守系議員は声を潜めて言う。

 「全くナンセンス。4月28日は沖縄にとっても大切な日。この日があるから、昭和47年5月15日に祖国に復帰できた。その意味を保守も革新もメディアも考えていない。反対する顔ぶれも米軍基地や自衛隊に反対するメンバーと同じだ」

 40歳代の会社経営者も「確かに沖縄や奄美は取り残されたという思いはある。だが、だからこそ復帰できたのだ。屈辱の日ではない。知事は胸を張って式典に出席すべきだ」

 こうした市井の声はほとんど伝えられず封殺されるのが沖縄なのだ。

 ◆強まる容認派の存在

 一方で、徐々にではあるが、底流にある県民の声を無視できない環境が整備されつつもある。

 2月21日、名護市で「危険な普天間飛行場の辺野古地先移設促進名護市民大会」が開かれ、改めて辺野古崎への早期移設実現を政府に求める大会決議を採択した。

 地元メディアも最近は、批判しながらも容認派が開催する大会のニュース自体は伝えるようになった。「オール沖縄で反対しているのではないということを国民も気づき始めた。だから、容認派の声も無視できなくなってきたのだと思う」と名護市の財界関係者。

 1月28日、オスプレイの配備に反対する市町村長らが上京、配備撤回と普天間飛行場の県内移設断念を求める“建白書”を安倍晋三首相に提出した。このニュースはテレビや新聞を通して「沖縄の総意」として大きく伝えられたが、沖縄では「41市町村の首長や議長が全員、自発的に参加したかどうかは疑わしい」(保守系議員)という。同飛行場の移設問題に直接関わる佐喜真淳・宜野湾市長も最近、言動に微妙な変化が見られるようになった。記者団のインタビューに「宜野湾市民にとって最も大事なことは、一刻も早い移設と閉鎖」と断言する。明言こそしないが、固定化を避けるためには移設先にこだわらないという思いが伝わってくる。

 反対派にも関係する60歳代の男性は「式典や普天間移設問題を通して日本人自身が国家主権を考えるべきだ。普天間については、政府側が抑止力とは何なのか、なぜ、沖縄に海兵隊が常駐しなければいけないのか、を全国民に説明すべきだ。大義が明確になれば、沖縄側は上げた拳を振り下ろすことができるし、それがひいては国家主権を考えることにもつながる」。(那覇支局長 宮本雅史)

 【用語解説】主権回復の日

 昭和27年にサンフランシスコ講和条約が発効し、日本が独立を回復した4月28日を政府は「主権回復の日」と定め、記念式典を開催する。自民党が先の衆院選の総合政策集で「式典開催」を明記したことを受けて、閣議決定された。ただし、沖縄にとっては本土と切り離されて米国施政下に残った日でもある。このため、安倍晋三首相は「(式典を通じて)沖縄を含めたわが国の未来を切り開いていく決意を新たにしたい」としている。沖縄が本土に復帰したのは、それから20年後の昭和47年5月15日。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/diplomacy/640176/
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